第15回へキライ  お題:「おさななじみ」
週末の渇き

2017.02.25


 ようやく週末だ。
 伊緒が一週間分の仕事疲れを背負って帰宅すると、玄関には一足分多い靴。この時点で、誰の物かはもう分かっている。
「お帰り、イオちゃん」
 リビングのドアを開けると、嫌というほど聞き慣れた声に迎えられた。声の主である若い男は、箸でコロッケを一口サイズにして、幸せそうに口に運んでいる。
 伊緒の両親とともに食卓を囲んでいるこの男は、兄でも弟でもない。小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしているが、最近ますます我が家に入り浸っていた。
「ユート、何でいるの?」
「イオちゃんに会いに来た」
 しれっとそんな台詞を吐いた祐斗に対して、父も母も良かったねえと暢気に笑う。頭が痛い。
「疲れた顔してるよ。先にお風呂入ってきたら?」
「うん、そうする……」
 祐斗が上機嫌な理由は分かっている。だからこそ、少しだけ気が重い。


 祐斗は毎週、金曜日を狙ってやってくる。翌日は伊緒の仕事が休みなので、何をしても支障がないからだ。案の定、朝まで居座るつもりのようで、自室に引っ込む伊緒の後ろにペタペタと着いてきた。
 部屋に入り、当然のように縮まった距離に思わず身構える。
「ちょっ、ちょっと待って」
「嫌なの?」
「いや、じゃないけど……」
 疲れているのは確かだ。しかし、拒むのも寂しく感じるのだから、面倒くさい性格だと自身でも思う。
 既に赤く染まった彼の目が細められた。こちらの逡巡を的確に見抜いたのだろう。
「じゃあ頂戴」
 耳元で落とされたのは、有無を言わせない声だった。伊緒は昔からこの声には逆らえない。彼も、それをよく知ってやっている節があるから始末に負えない。幼い頃から甘やかし過ぎたツケだ。
 諦めて肩の力を抜くと、祐斗は伊緒の首筋に唇を寄せる。吐息がくすぐったくて思わず身をよじると、抱き竦められて動けなくなった。唇が肌に触れる。
 何度も何度も繰り返してきた行為を、今更恐れはしないけれど、この一瞬に緊張を覚えるのは変わらない。何度か食まれたそこに、鋭く硬いものが突き刺さる。縋りつくように服を握りこむと、宥めるように髪を梳かれた。
 じゅっ、と血を啜る音が、生々しく鼓膜を震わせる。


 解放されたあと、空気に触れた咬み痕が一瞬だけひやりと疼いた。反射的に手を伸ばしたが、傷はすぐに塞がり、撫でても引っかかる部分はない。
「満足した。ありがと」
「もういいの?」
 拍子抜けして問う。思っていたよりも短い時間だった。少し舐められた程度の量しか吸われていない。それでも力の抜けた伊緒を横たえて、祐斗は布団を被せる。
「疲れてるのは分かってるから、流石に気ぃ失うまで吸ったりはしないよ」
「倒れるまで吸われたことあるんだけど」
「ガキの頃の話じゃん。今そんなことしたら鬼だって」
「いや、先週の話」
「あれは、先々週に会えなかった分」
 しれっと言い放つものだから聞き流しそうになるが、今後に向けて、許したらダメなラインはきっちり引き直さなければならない。伊緒の視線に気付いたのか、もうしない、と弁解を始める。
「昔はさ、渇いた感覚が酷かったから」
「今は?」
「マシかな。何ていうか、自分のものだっていう安心感があるからかもしれない」
「……まだ違う」
 きっちり訂正を加えると、拗ねた吸血鬼は、伊緒の隣に潜り込み、頬ずりをしてくる。指を絡め、逃しはしないとでも言うように。
「いいよ。来月から本当に僕のだから」
 今は何もついていない左手の薬指を撫でられる。



吸血鬼と幼馴染
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