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2016.10.02 発行
人とそれ以外のものが住む町の日常と非日常の話

魔界町住人録 sample


いじめられっ子の悲喜こもごも


「中途半端でヤなんだよね」
 幼馴染は唇を尖らせてぼやき、ぐったりと寄り掛かってきた。
「ユート、重い」
「いっそのこと、全然それっぽく見えない方が良かった」
 祐斗は私に体重を預けたまま言葉を紡ぐ。
 元々色素の薄い頬が、色白を通り越して蒼白になっている。大分参っているらしい。
「噂がひとり歩きして変に期待されたり、勝手に失望されたり、そういうのが一番ムカつく。あと、面白がって色々ちょっかいかけるやつ」
 実際私も、彼が水浸しになった姿や階段で突き飛ばされるところを数回見ている。悪ふざけにしては度が過ぎていると思う。
 本人の様子は傷心というほどではないが、疲弊しているのは確かだろう。
 正直、祐斗があの程度の嫌がらせに屈するとは思っていない。だが、縋り付く手を振り払うことはしなかった。
 今日は弱った幼馴染を存分に甘やかすことに決めたのだ。
 頭を撫でると、祐斗は甘えるような仕草で私の首筋に顔を擦り寄せてきた。
「イオちゃん、いいよね?」

 軽率な嫌がらせをした彼らは幸せだ。きっと、知らないから。本能を滲ませた祐斗の凶暴な目も、血を求めるときの有無を言わせない声も。
 人を母に持つ吸血鬼は、妙に鋭い犬歯を覗かせて笑った。

 欲求を満たしてご機嫌な幼馴染は、私を抱えたまま思い出したように言う。
「あ、でも、いいこともあった! プレゼント貰ったし、この前なんかラーメン奢ってもらったんだ。いい奴らもいるもんだね」
 嬉しそうに目を輝かせる彼に、私は曖昧に笑っておいた。
 吸血鬼を相手に、にんにくの効いた食べ物と銀の装飾品。
 嫌がらせか好意か微妙なところだが、判定は本人に任せる。




妖怪ババアと悪戯小僧


 店は客足が途絶えたところだった。
 店主の老婆は、一服しようと茶を入れて羊羹を切り分ける。
 しかし、騒がしい足音とともに血相を変えた少年が飛び込んできた。
 稲穂色の髪をした少年は、近所に住む悪ガキの一人だ。随分急いだらしく、額に汗を浮かべている。
「一人とは珍しいね。片割れはどうしたんだい?」
「それどころじゃない! ばあちゃん、あんなが大怪我した!」
 焦燥の滲む声が、老婆の孫娘の名を紡いだ。
 だが、焦りは禁物だ。
「そうかい。それで?」
「すっごい血が出てるんだ! いいから来て!」
「あの子も魔女見習いだ。自分で何とかするだろうさ」
 痺れを切らせた少年が声を荒げるが、老婆は取り合わない。
「ばあちゃん、いたいよう」
 次に来たのは孫娘。擦りむいた額から派手に血が出ている。しゃくり上げる様子は悲愴ではあるが……詰めが甘い。
 泣き続ける少女と慰める少年を手招きし、羊羹をひと切れずつ口に放り込んだ。
「生憎とうちの孫は、顔の横に耳があるんだよ。演技はともかく、今度は頭の天辺についてる三角のフサフサを何とかしてから出直してくるんだね」
 二人は顔を見合わせ、羊羹の入った頬を膨らませた。
「ちっくしょー」
「ばれたかー」
 泣きやんだ少女の化けの皮が剥がれ、稲穂色の頭が二つに増える。
「だから白羽が化けたほうがいいって言っただろ」
「赤音ほど長くは化けてられないんだもん。それにどのみち尻尾でばれるよ」
 毎日懲りない双子の狐は仲間割れを始め、最後はいつもの捨て台詞を残していった。
「妖怪ババア、おぼえてろよ!」
「おぼえてろよー」
 老婆は、やれやれようやく静かになった、と茶を一口。




趣味って言うな


 気紛れを起こしたのがいけなかった。
 ふと風を受けたい気分になり、海面を目指して上昇した。早朝だったが、万が一のことも考え、顔を出す場所には人気のない岩場の近くを選んだ。落ち度はなかったと思う。
 だが、そこに先客がいたのだ。最初は同族かと空目したが違う。人間だ。
 肩まで海水に浸かった青年が、水音に気付いてこちらを向く。そして、へらりと笑った。
「あの、きみにお願いがあるんだけど」
 男の能天気な声が癇に触った。焦りの含まれない声。きっと、見知らぬ他人が善意の塊であることを微塵も疑っていない。
「助けてくれる? 僕、泳げないんだよね」
 呑気な口調のせいで本気か疑わしく聞こえるが、岩にしがみつく腕は案外必死そうだった。
「君、私が何だか知って言っているの?」
「えっと、人魚かな? 良かったよ、泳ぎが得意そうな人が通りかかって」
 楽観的な返答に呆れ返って、私は思わず鼻を鳴らした。
「セイレーンよ。むしろ溺れさせる方の種族だわ」
「ふうん、溺れさせてどうするの?」
「別にどうもしないわ。祖母の世代は食べたらしいけどね」
「食べる?」
「食べましょうか?」
「できれば遠慮したいかなあ」
 軽口を叩く程度の余裕は見えるが、血色は悪い。冗談を言ってる場合かと怒鳴りつけたくなる。
「じゃあ単に、人を溺れさせるのは趣味みたいなものか」
「やめて頂戴。そんなに悪趣味じゃないわ」
「そう?」
 機嫌よく頷く男の笑みが質を変えた。まるで、言質を取ったと言わんばかりに。
「それなら助けてくれるよね。きみの趣味じゃないんだろう?」

 仕方なしに手を差し出す。
 腹立たしくて一回沈めてやったのはご愛嬌。


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