深夜の真剣文字書き60分一本勝負
お題:「「意外だね」で文章を始める」「川は海へと繋がる」「リンドウの髪飾り」

少年少女の逃避行

2016.06.12


「意外だね」
「何が、ですか?」
「おねーさん、こういう無茶するようには見えなかったからさ」
 少年の声は落ち着いていて、楽しんでいるような余裕すら滲んでいた。一方で、少女の声は息切れで震えている。
 月明かりだけが頼りの逃避行だった。他に人気のない山道を、手を繋いだ二人が駆けていく。ここまでは比較的に進みやすい道を来たが、途中で藪の中へ入る。
 やがて、少年は少女の手を引いたまま立ち止まった。道が途切れている。少女は困惑の色を浮かべて辺りを見回した。少年は少女の顔を見上げて微笑み、足元を指差す。
「こっちだよ。ここを降りたらすぐだから」
 示された方を見て、少女はびくりと肩を震わせた。坂道というには、傾斜が強い。水の流れる音が大きく聞こえるから、下までの距離は短いのだろうが、見たままを言えば崖だ。
「やめる?」
 少年が問いかける。その声に不安な様子はない。少女がやめると答えても、やめないと答えても、きっとどちらでもよいのだ。
 少女は首を振り、覚悟を決めたように崖へ近づいた。
 少年は慣れた様子で、不規則な出っ張りを足場に斜面を降りていく。自分が先に下に着いてから、少年は手を差し出し、足場を指示しながら少女を降ろした。
 岩肌はなめらかではなく、少女の手足には擦り傷ができていた。
「手当ては後でね。もうすぐだから」
 河原の石に足を取られながら、ようやく目的地に着いた時には、少女は疲労でぐったりとしていた。
「大丈夫?」
「大丈夫、です」
「じゃあ乗ろうか」
 河原に繋がれていたのは、一艘の小舟だった。この舟で川を下り、海まで出て港町へ。それが今回の計画だ。あと少しで成功するところまできたというのに、何故か少女は躊躇われて、足を止めた。
「やっぱりやめる?」
 少年が尋ねる。二度目だった。
「俺は別にどっちでもいいんだよ。おねーさんがあんまりにも辛そうだからさ、逃げてみるのを提案しただけ。確かに報酬は惜しいけどさ、逃げるのが嫌なら、ここでやめたっていいんだ」
 少女は自分の髪に触れる。そこには、リンドウをかたどった髪飾りが付いていた。銀で細工されたそれには、宝石がいくつも嵌っている。少女の逃避行を手伝う報酬として、少年が求めたものだ。
 少女にはこの価値が分からない。高価な宝飾品も、肌触りの良い衣服も全てが与えられたもので、少女が欲しがったものは何一つとしてなかった。
 今までの人生は、全て他人から与えられた借り物のようだった。これからは、自分で選ぶ生き方をするのだ。
 少女は髪飾りを外し、少年の掌に乗せる。その上から、包み込むように自分の手を被せた。少女よりも高い温度の手から、熱が伝わる。
「私、行きます。ありがとうございました」
「分かった」
 決意の言葉を伝えると、少年は短い言葉で承諾した。少女が小舟に乗り込んだのを確認し、少年は小舟に繋いでいたロープを解く。舟が川の流れに任せて、緩やかに動き出した。
「このご恩は一生忘れません」
「律儀だなあ。俺は仕事だったんだから。貰うものは貰ったし」
「それでも、私は救われました」
「……じゃあ、忘れないでね」
「え?」
 小舟が大きく揺れる。ここで別れるはずの少年が、何故か一緒に舟に乗り込んでいた。
「俺も一緒に行くから」
「え? あの、でも、そこまでご迷惑をお掛けするわけには」
「あのねえ、迷惑とかそういう問題じゃないの! 泣きそうな顔の女の子をほっとけるわけ無いでしょ」
 少年の手が少女の背にまわる。少女よりも小さい手だ。それでも、ここまで少女を導いた強さがあるのを、少女は知っている。
「大体ね、おねーさんみたいな箱入りが一人旅なんて危ないよ。今回の報酬で吹っかけたこれ、いくらするか知ってる? これで船賃だけなんてぼったくりもいいところだよ」
 乱暴な口調で言いながらも、髪を撫でて涙を拭う動作は優しかった。
「恩は忘れないんだろ? 嫌だって言っても、ついていくからね」
 口を尖らせてそっぽを向く少年に、少女は抱きついた。その瞳に涙はもうない。
「うれしいです」



おねショタ。スレた少年が、世間知らずのお嬢さんに世話を焼くのって、可愛いと思うんです。
Copyright ©2016 Maki Tosaoca