第45回 二代目フリーワンライ企画 お題:「サプライズ」「もういいんだよ」「明日から休み」「死なない程度の毒」
今度こそさよなら、マイシスター

2018.12.21


「明日からもう来なくていいよ」
 たった一言で、仕事先を突然クビになった。誕生日のサプライズにしては悪い冗談だ。
 事前の予告はなし、解雇される理由の説明もなし。きっと出るところに出れば勝てるし、抗議する権利はあるだろう。
 しかし、私はそうしなかった。
 親切だった上司が青ざめた顔をしている理由も、仲が良かった同僚の態度が急によそよそしくなった理由も、分かってしまったからだ。何度も同じことが起これば馬鹿でも気づく。
 午後にはデスクの整理を始めた。私物の量は少ない。大きめのダンボール箱を一つ貰えば充分だった。
 荷物をまとめ、宅配の手配を終えた後、私は狭いフロアに向かって一礼した。
「短い間でしたが、お世話になりました」
 泣きそうな顔の同僚や、唇を噛む上司の姿に胸が痛む。しかし、その気持ちを表情に出すことはできない。
 元々巻き込んだのは私だ。彼らの心に後悔や罪悪感を残したくはなかった。
 だから、精一杯の虚勢を張って普段通りの微笑みを。彼らは何も悪くないのだと伝えるために。
 最後にもう一度、深く頭を下げる。
「姉がご迷惑をおかけしました」

 重い足取りでたどり着いたアパートには、嫌な客が待ち構えていた。
「もういいんだよ。私が全部用意してあげる。だから、あなたの力を貸して頂戴」
 満面の笑みを浮かべた姉を振り切って、私は走って逃げた。爪が食い込むほど強く掴まれた腕がズキズキと痛む。
 姉は、常日頃から自分の右腕として私を使いたいと言っている。父から受け継いだ会社の経営に、手を貸して欲しいということだ。
 私に特殊な技能があるわけではない。彼女がなぜ私に執着するのか理解に苦しむが、何度断ってもしつこかった。そして断るたびに、裏から手を回して私の仕事を潰してくるのだ。
 死なない程度の毒を盛られている気分だった。自覚症状がほとんどないまま、じわじわと弱らされて、いつの間にか身動きができなくなってくる。
「わたしにはあなたがいなくちゃダメなの」
 毎回耳にする台詞に、いっそのこと身を委ねたくなった。
 けれども、最後のプライドを頼りになんとか踏みとどまる。自分は姉の手足でも部品でもない。私は私。決して思い通りになるわけにはいかないのだ。
 仕事がなくなり、明日からしばらくの休みを手に入れた。できた時間は有意義に使いたい。まずは姉にバレた住処を移して、新しい仕事を探さねばならない。
 今度こそ無事に逃げ切れることを願って。

さて、どこに行こうか。




海外かな……
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