Twitter 300字ss  お題:「灯す」
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2018.12.01


 読書中のあの人は、常よりも少しだらしがない。
 周りの様子に聡いから、日が落ちて暗くなった部屋にもきっと気付いているだろうに、灯りをつけるのは後回し。一冊を読み終わるまではその場を動こうとしないのだ。目を眇め、夢中になって文字を追っている。
 そんな彼のために、そっと蝋燭に火を灯すのが私の最近の日課だ。覚えたばかりの魔術で、小さな火種を手の内に呼ぶ。それを慎重に蝋燭の先に乗せて、燭台を彼の傍らに運ぶのだ。邪魔をしたくはないので声はかけない。

 いつも通り灯りを置いて立ち去ろうとしたとき、ふいに手首を掴まれた。
「見せて」
 彼は読みかけの本を躊躇いなく閉じて、私の手のひらにできた新しい火傷の痕を、じっと睨んだ。




後回しにすることと、しないことがある。
Copyright ©2018 Maki Tosaoka