フリーワンライ お題:「しょうしゃ、キスより甘いチョコレート、誰かの為にと云いながら、アイマスク」 やりたい理由
2018.02.10
殺し屋になりたかったわけではない。全ては、私の両親を殺した人物を探してこの手で葬り去るためだった。 私が殺し屋に弟子入りしたのは、二年も前のことだ。 初めの師は、口の悪い老婆だった。 足腰の達者な御仁で、訓練を始めた頃は、背後から飛びかかっても軽くいなされる日々だった。私はアイマスクをした彼女にも敵わず、何度も地面をのたうつ羽目になった。 「注意力が足りないね!」 「これしきのことで寝込むなんて貧弱だねえ」 「あんたは頭が足りないっ。首の上についてるものは飾りかい」 訓練中に怪我をすれば叱り飛ばされ、疲れがたまって熱を出せば馬鹿にされ、老婆の言うことに口を挟んでは鼻で笑われた。 それでも私が何とか仕事をこなせるようになった頃、彼女は呆気なく帰らぬ人となった。物騒な仕事をしていた割に、死に際は穏やかで、朝起きたら隣の布団で静かに冷たくなっていた。 老婆が死んで数日経った頃、老婆の孫だと名乗る若い男が現れた。 その男は、一見物腰の穏やかな優男だったが、身のこなしから同業者だと分かった。足音が静かだったし、余所見をしていても隙を感じさせないのだ。 男の名前は、生前の老婆がよく口にしていた。今までで一番優秀な弟子だと、誇らしげに。 男の前に茶と菓子を置くと、彼は驚くほど無防備に口をつけた。毒を盛ったりはしていないけれど、それを確かめもしないなんて殺し屋にしては警戒心が無さ過ぎる。 おそらく変な顔をした私に対して彼は、毒も薬も効かない体質なんだ、と告げた。 「君のことは、ばあちゃんから聞いてるよ。親の敵討ちがしたいんだって? 肝心のターゲットは分かってるの?」 「いいえ、まだ」 首を振ると、男は羊羹を一口大に切り分けながら言う。 「じゃあ教えてあげる。僕だよ、それ」 何の冗談かと思った。そのぐらい普通の、世間話をするときの声だった。 私は混乱しながらも口を開こうとして、次の瞬間には、男の纏う空気ががらりと変わっていた。視線一つで、場の空気を支配する。 殺意を前にして咄嗟に身構えるが、私はいとも簡単に制圧された。 喉元に楊枝を突きつけられて動けない私に向かって、くすくすと笑い声が落ちる。 「こんなんじゃ敵討ちなんて無理だよねえ。かわいそうに」 激高した私を片手で抑えたまま、青年は微笑む。 「僕のこと殺せる?」 露骨な、挑発の言葉だった。 この男は、起きているときよりも寝ているときのほうが厄介だ。 一度寝込みを襲ったときには、半分寝ぼけたまま反射で殺されかけた。 意識してセーブしてもらわないといけない時点で、敗北しているようなものだとは思うが、今日も挑戦は続く。 「このぐらいで死ねるならいいんだけどねえ」 男は私の目の前で、毒薬を仕込んだチョコレートをボリボリと無警戒に噛み砕いている。本当に毒を入れたかどうか、だんだん自信がなくなってきた。 「大丈夫。ちゃんと入ってるよ。ほら」 ジタバタと暴れる私を押さえつけ、あろうことか彼は私の口に唇を合わせた。 「――っ! ん――」 唇をこじ開け、チョコレートの香りが口の中を蹂躙する。甘さの中で、ピリピリと舌先が痺れる感覚がした。 「ね? 入ってるでしょ? うがいしといで」 むせた私に向かって、彼はしゃあしゃあとそんなことを言った。 「僕を殺したって、君の親が生き返るわけじゃない」 「知ってる」 「じゃあなんで、僕を殺したいの?」 ある日、気が付いた。もはや、両親のことなんて、すっかり頭から吹っ飛んでいたことに。 誰かの為にと云いながら結局、殺しは自分のエゴに基づく行為に成り下がっていた。 「私が、ムカついてしょうがないから」 開き直って、そう告げると、男はけらけらと笑った。そうだ、私がこの男を殺したくてたまらないのだ。 いつまでも、勝者の座を明け渡したままではいられない。 挑んだ回数が二桁、三桁になろうとも、私が勝つまで続けるつもりだ。 四桁かかるかもね |
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Copyright ©2018 Maki Tosaoka
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