第38回へキライ  お題:「止まった時計」
止まった君と午睡

2017.08.05


 うるさい足音を立ててやってきた男は、立ち上がりかけた綾を制すると、膝の上に頭を乗せた。勝手な振る舞いを咎めようとしたが、「貸せ」と自分本位な一言だけ吐いて眼を閉ざす。
 こうなれば梃子でも動かないだろう。気が済むまで放っておくしかない。
「何かありましたか?」
 尋ねても答えはない。本当に眠っているのか、それとも狸寝入りか。長い付き合いだというのに、表情から窺い知る事は出来なかった。
 硬い声と乱暴な動作から、明らかに不機嫌だったと分かる。それなのに、たった今目を閉じた顔は静かだ。
 しばらくすると、膝の上の重みが変わった気がした。微かに寝息が聞こえる。ということは、先程のはやはり寝たふりか。
 大人になったが、男の寝顔は子どものときから変わらずあどけない。どちらかというと、子ども時代の彼が大人びていたのかもしれない。彼は子どものときから強いフリが上手かったから。
 何事にも動じず、騒がず、頭の回る子どもだった。大人も言葉につまるような皮肉を言った。叱られても、数秒後には忘れたかのようににやりと笑う。そんなところをずっと見てきた。
 大人らしく硬い頬の輪郭を指でなぞる。互いに過ごしてきた時間が確かにあった。それなのに、ふとしたとき、あの時の子どもが姿だけ変えてここに留まっている。そんな気がするのだ。

 手の感触がくすぐったかったのか、彼が膝の上で身じろぎする。
 とろんと寝ぼけた目が綾を見つけた。男は子どものような舌っ足らずな口調で綾を呼ぶ。
「なんじゃ、おったんか」
 来たのは自分のくせに、よく言ったものだ。



大人びた彼は、きっと子どもを置き忘れてきたのだ。
Copyright ©2017 Maki Tosaoca