深夜の真剣文字書き60分一本勝負 お題:「まどろみの中にある優しさ」 夢に見るてのひら
2016.07.09 頭を撫でる手は記憶の中よりも不器用だった。それでも久々に触れた兄の手は優しく、離れていきそうになるそれを夢中で引き止めた。 そのはずだったのに。 「起きたか」 そっけない声が覚醒直後の耳朶を打つ。兄とは違う、けれども知っている声だった。陽奈子がしっかりと捕まえていた手は、どうやら兄のものではなかったらしい。 よく考えれば当たり前のことだ。兄はここにはいない。いるのは陽奈子、そして兄の友人である雷火だけだった。ここは彼の住居なのだから。 陽奈子に右手をとられていた雷火は、ベッドに腰掛け眉間にシワを寄せていた。慌てて手を離すと、彼は息を吐いて陽奈子から視線を外した。 手探りで枕元の携帯端末を手に取り、急いで文字を打ち込む。 『ライカ、ごめんなさい。夢を見てたんです。わたし、間違えて』 雷火は画面に並ぶ言い訳を一瞥して立ち上がった。 「寝すぎだ。いつまでもだらだらと寝てるから、ミョーな夢見るんだ」 『ごめんなさい』 「早く顔を洗ってこい」 端末を布団の上に投げ出して、バタバタと洗面所へ向かう。鏡に映った顔はひどい有様だった。目が赤い。寝ている間に泣いていたらしい。 雷火の不機嫌の理由が分かった。彼はすぐ泣く子どもが嫌いだと言っていたのだ。 何回も水にさらし、ベタついた頬を擦る。しばらく後には何とか見られる顔になった。 着替えを済ませて、最近一人で焼けるようになったトーストを頬張る。その間も雷火は、仏頂面で新聞に目を通していた。 準備が整い、彼の肩を軽く叩く。雷火は新聞をたたむと無言で立ち上がり、玄関に向かった。あとはいつも通り、黙って付いていけばいいだろう。 「ヒナ、行くぞ」 『今日はどこですか』 雷火が頭を低くして端末の画面に目を通す。 「先に病院。お前の兄貴に会いにいくぞ。仕事はそれからだ」 相変わらず、いかにも面倒くさそうに言うくせに、不思議と柔らかく聞こえた。 陽奈子の兄は、現在意識不明で入院中だ。兄はどうやら、そんな状況に陥る前に、陽奈子の世話を雷火に押し付けたらしい。 雷火にとって、陽奈子は明らかに厄介者の居候だが、放置されるわけでもなく、無茶な要求をされるでもなく、ただ一緒に暮らしている。 朝目覚めると、兄の代わりに頭を撫で、シャツの裾を掴ませてくれている。 兄とは低さの違う声に、安心を覚えるようになったのはいつだっただろう。 「頼むから、眠り姫はお前の兄貴だけにしてくれ」 憎まれ口を叩きながら頭を撫でるぎこちない手は、案外嫌いじゃない。 筆談の少女と兄の友人。この人たちの話を水面下で考え中です。 |
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