深夜の真剣文字書き60分一本勝負  お題:「会いたいと夢を見る」
五年分

2016.11.13


 リリ、と耳元で名前を呼ばれた。肩をそっと揺さぶる力には覚えがある。
 目を閉じたままでいると、起きてよ、と少し弱った声。それでも、寝たふりを続けていたら、頬の肉をつまんで引っ張られた。
「いったーい!! 何すんのよ」
「あ、やっぱり起きてた。そっちが無視するからだろ」
「だからって、普通女の子の顔引っ張る?」
「リリは女の子にカウントしてない」
「怒るよ」
「冗談だよ」
 口を尖らせて睨みつけていたが、顔を見ているうちに自然と笑い声が漏れた。相手もそれは同じだったらしく、二人して笑い転げる。
 久しぶりに会うというのに、つい先ほどまで一緒にいたような掛け合いは懐かしい。
「久しぶり、変わってないね。クオ」
「リリこそ」
 今は遠く離れた地にいるはずの幼馴染が、何故か今、五年前と同じ姿で目の前にいる。


 クオはきっと、この小さな村の歴史上、最も偉い人になるだろう。私はずっとそう思っていた。漠然とした想像だけれど、間違ってもいないと思う。
 少なくとも、村出身で王都にある魔術学校の入学試験にパスしたのは、ここ数十年でクオ一人のはずだ。
 今、彼は王都で、魔術師になるための勉強をしている。村に帰って顔を見せる暇も、手紙を書く間もないほど、忙しくしているはずなのだ。
 つまりこれは。
「夢かあ」
「うん、夢」
 独り言のつもりだったが、近くにいた彼の耳には届いてしまったらしい。きっぱりとした物言いは、間違いなく私の知るクオだった。
「この村も久しぶりだなあ」
 いつの間には、周りの景色が見慣れたものに変わっていた。自分たち以外に人の姿は見えないが、間違いなく村のはずれだ。
 機嫌よさげに鼻歌を歌うクオは、当然のように私の手を引き、村の近くの森に入っていく。二人ともよく知った道だ。足を取られることなく進む。五年前までは、よくこうして遊んだものだった。
 不思議と、クオの小刻みな歩幅に違和感はなかった。そういえば、五年前のクオと目線がほとんど変わらない。きっと私の姿も五年前のものなのだろう。クオの手にちょうど収まる自分の手の大きさからも、そう判断できた。
「なんでこんな夢みるかな……」
 過去を懐かしむなんて、自分には似合わないと思っていた。ぼやきを耳ざとく拾ったクオが立ち止まり、恐る恐るといった様子で振り返る。
「嫌だった?」
「嫌じゃないけど、こんなの、寂しがってるみたいじゃない」
「違うの? リリは俺がいなくても平気だったわけ」
「……違わないけどさ。寂しかったよ、全然会えないんだもん」
 拗ねた顔のクオにつられて、私もつい本音を零す。それを聞いたクオは打って変わって嬉しそうな笑みを見せた。
「よかった。無駄骨にならずに済んだ」
「何が?」
「いや、今日覚えたての魔術、使ってみたくなったんだよね。それで夢を繋げて会いに来た」
「ん? え?」
 クオの発言の意味を理解するまで少し時間がかかった。混乱した頭でニコニコと頬を緩める幼馴染に詰め寄る。
「ちょっと、じゃあこのクオ、本物ってこと?」
「夢は夢だけど、記憶は共有してるよ。だから、お互いに知ってる姿でしか会えないんだよね」
「え、じゃあ、さっき」
 先ほどのやり取りを思い出して顔に血が上る。私は寂しい、と言った。確かに言った。
 無防備に弱みを見せるような真似をしたことを悔やむが遅い。
「リリが俺に会いたいと思っててくれて嬉しいよ」
「忘れて! さっきの全部忘れて!」
「無理。別に気に病む必要ないよ。リリだけが寂しくてこんな夢見てるわけじゃない」
 緩んだ口元はそのままだが、からかうつもりはないらしく、拍子抜けした。姿は子どものときのままのくせに、中身にはリリの知らない五年がつまっている。
「ごめんね、俺としては約束を守ってたつもりだったんだけど」
「約束?」
「一人前の魔術師になるまで帰ってくるなって言ってたでしょ」
「え、そんなこと言った?」
「言った! だから帰省もせずに猛勉強してたってのに、本人が忘れてるのはどうなの」
「ごめん……」
 ため息をつくクオの顔色を恐る恐る窺う。眉間に皺を寄せると、知った顔が少し大人びて見えた。
「もう、いいよ。あと半年で卒業だから、帰ってきたら覚悟しといて」
「覚悟って」
「五年分の時間、取り返すつもりだから」
 握られた手が熱い。



魔術師になって帰ってきてラブコメすればいいと思う。
Copyright ©2016 Maki Tosaoca