Twitter 300字ss  お題:「月」
雨月の酒宴

2016.10.01


 縁側に座る夫のそばへ酒と肴の乗った盆を置く。
 隣を示されて腰を下ろせば、雨音の中静かに声が落とされた。
「見えんなあ」
 天を仰ぐ視線につられて私も上を見る。雨足はそこまで強くはないが、空は雲に覆われていた。
「どないする? 今日来たお客さんは、月見は雨が降っとっても風情がある言うてたけど」
「雨月ですね。雲に隠れた月の仄かな明るさを楽しむそうですよ」
 夫が空を眺めて首を傾げる。よう分からんわ、という呟きに私も同意した。互いに非合理が苦手な以上、月見には不向きな夜だ。
 しかし、片付けを始めた私を夫は何故か引き止めた。
「月見酒とはいかんでも、折角やし付き合うて」
 二人きりの酒宴は名月を口実にせずとも成り立つらしい。


テキレボアンソロ「和」で書いた、ややこしい夫婦の一夜。
Copyright ©2016 Maki Tosaoka